【R6 vol.6】物語が描く、人間の「異常な執着」
業績アップには効率や最適化が必須ですが、一方、ヒットコンテンツをつくるには、非効率なこだわりや偏ったバランスが必要になるもので、経営者としては実に悩ましいところです。
ヒットコンテンツをつくる人は、どこか闇や傷を抱えていたり、コンプレックスに強く囚われていたりするものです。俗に、「幸せになるとヒットは作れなくなる」とも言われます。
今回、この「異常な執着」を考えてみたい。
そもそも物語の主人公は、自分の弱さや執着をしまい込めず、何度も見つめてしまうタイプがほとんどです。「なぜそこまで?」と思うほど、何かに憑りつかれている。
成功や承認に取り憑かれた人。自由に対する異常な執着。
拒絶されることを極端に恐れる人。安心や愛情を求め続ける心。
物語とは、そうした「人間の異常な執着」から生まれるものです。 だからこそ、先ほどの俗説に対して、私はこう考えます。はたから見ると何不自由ない幸せそうな人も、本人が求めるものと現実の間に大きなギャップ(囚われ)があれば、そこから創作のエネルギーはいくらでも湧き出てくるはずだ、と。
大切なのは、作り手自身が自分自身のコンプレックスやこだわりを否定せず、物語に埋め込み、表現のエネルギーとして活用していくことです。
AIは平均的な答えを大量に出してくれますが、大抵それらは面白くありません。AI時代だからこそ、人間の“変さ(こだわりや歪み)”にこそ価値が出てくるのだ、と強く感じます。
名作の主人公たちが証明する「歪み」の魅力
ヒット作を振り返ると、決して「正しい人」を描いているわけではありません。
例えば、『プラダを着た悪魔』のミランダは、単なる鬼上司ではなく、ファッション界の絶対的トップという聖域で「完璧であり続けること」(選ばれる側から落ちることへの恐怖)に取り憑かれています。『ミッション:インポッシブル』のイーサン・ハントは、「仲間を絶対に見捨てない」という異常なレベルの責任感を背負い込み、組織の合理性を無視してでも全員を救おうとします。
『進撃の巨人』のエレンは、幼い頃に母親を巨人に食い殺された絶望と怒りから、壁の中に閉じ込められることに耐えられない「自由への執着」を爆発させ、それが却って世界そのものを壊すことへと繋がっていく。『エヴァンゲリオン』の碇シンジは、「父親に認められたい、でも拒絶されて傷つきたくない、だけど孤独にも耐えられない」というジレンマに震えています。
一見普通の子供に見える『ドラえもん』ののび太でさえ、「楽をしたい」「安心したい」「優しくされたい」という根源的な感情に人一倍強く執着しているからこそ、長く愛されるのでしょう。『チェンソーマン』のデンジは、「食パンにジャムを塗って食べたい」「女の子を抱きしめたい」といった、簡単に達成できそうな「普通の生活」への異常なまでの切実な欲望をエネルギーにして命をかけます。
こうして見ると、ヒットする物語というのは、何かに過剰に反応してしまう人、少し偏っている人、少し壊れかけている人といった「歪み」を描いています。空間や物語を通じて、観客は、その極端な姿に、自分の中にもある感情を見つけているのです。
時代と共に移り変わる「執着」のテーマ
この「人が何に執着するか」は, 時代によって変わってきました。
・80〜90年代:「成功・力・自由」への執着
『ウォール街』の成功への欲望、『AKIRA』の力の暴走、あるいは『北斗の拳』など。「上へ行きたい」「世界を変えたい」「強くなりたい」という熱が、時代全体に溢れていました。
・90年代後半〜2000年代:「自己の存在」への執着
2000年に大ヒットしたドラマ『池袋ウエストゲートパーク(IWGP)』では、豊かだけれどどこか冷めた社会の中で、ストリートに自分の「居場所」を求める若者たちのリアルな葛藤とエネルギーが描かれました。
映画『マトリックス』の「この世界は本物か?」という疑念、『千と千尋の神隠し』の自分の名前(存在)を失わないことへの焦燥もこの時期です。“世界を変える”という大きな野心よりも、“何者でもない自分が、自分の居場所をどう見つけるか”という内面への執着が、テーマになっていきました。
・2010年後半~現在(2020年代):「内面化する不安」を突破するエネルギー
SNSでの承認欲求、結婚や家族の形、孤独、AIの台頭……。一見すると、今の日本には未来への不安や閉塞感が漂っているように見えます。しかし、エンターテインメントや価値創造の視点から見ると、この時代ほど「強烈な物語の燃料」に満ちた面白い時代はありません。
『ジョーカー』の「自分を見てほしい」という暴発、『シン・ゴジラ』が映した日本の政治構造や手続きの限界、そして『【推しの子】』のあくなき承認欲求。これらはすべて、現代の私たちが抱えるリアルな葛藤から地続きで生まれた大ヒット作です。
かつてのような分かりやすい「成功」が描きにくくなったからこそ、テーマは人間のより深い内面へと向かい、だからこそ国境を越えて世界中の人々の心を震わせるコンテンツが日本から生まれ続けています。
物語はいつの時代も、みんなが抱える不安や執着を、少し誇張した形で映し出してきました。つまり、課題や悩みに溢れたこれからの日本は、見方を変えれば「世界で最も新しい価値や物語を生み出せる、最高の実験場」でもあるのです。
だからこそ私たちは、時代の空気を敏感に捉えながら、自分の中にある「偏り」や「泥臭いこだわり」を恐れずに面白がっていけばいい。今の若い世代が抱える切実な悩みや、一見すると「変」だと思われる個人的な執着こそが、閉塞感を打ち破り、明日の日本をガラリと変える新しいヒット作やイノベーションの種になります。
AIには真似できない、皆さんのその人間らしい「執着」や「こだわり」が、これからも起爆剤になることを、楽しみにしています。
プライベートは、ツーリングと植樹を楽しんだ
4・5月の日本、新緑と涼しさ、気候は最高です。
4月は娘と、日光・中禅寺湖へツーリングに出かけました。去年、東さんと訪れたばかりの場所ではありますが、僕も娘も初めての高速走行です。混んでいない東北道ルートをチャッピー君に勧められ、試してみました。トラックの少なさ、日光宇都宮道路(日光道)の新緑、いろは坂の適度なカーブまで、予測はドンピシャ。バイクは危険と裏表なので、「常に最悪を予測する緊張感」が欠かせませんが、事前のシミュレーションとしては完璧でした。
ゴールデンウイークには、福井の実家から89才の母や弟、そして東京や埼玉から妹と姪の家族も呼び寄せて、長野の山の家に親族12人が集まりました。これだけ大勢が一気に集まると、ホスト側としては食事の支度、車両の手配など、ちょっとしたイベントレベルの手配力が必要になります。ここでもAIと相談し、ケータリングや敷地内ホテルを上手に組み合わせることで、大型連休の真っ只中でありながら、アウトドアの食事会を何とか破綻なく実行できました。翌日には、みんなでつつじとアジサイを植樹し、盛り上がりました。
「AIの出す答えはつまらない」とは思うけど、こうした不確定要素の多いルート検討や、複雑なスケジュール管理といった「最適化」をやらせると、やはり優秀です。
AIとの共同活動も今くらいならちょうどいいけど、今後はどうなるかなあ。
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娘と、新緑の日光ツーリング -

GWは、家族4世代12人が集まりました。


