IT業界の「エコシステム」を見習って、映画投資を始めた
アカデミー作品賞のプロデューサーが、ブラッド・ピット
2014年、映画「それでも夜は明ける」でアカデミー作品賞を受け取ったのは、俳優としてではなく、プロデューサーとしてのブラッド・ピットだった。ピットは、この5年で9本の映画製作に携わっている立派なプロデューサーだ。プロデューサー業に乗りだした俳優はほかにもいて、トム・クルーズ、クリント・イーストウッド、ジョージ・クルーニー、ベン・アフレック、マット・デイモンなどが有名だ。ハリウッドでは、なぜ、こういった「俳優の製作兼業」が起こっているのだろう?
5大スタジオ時代 vs 混沌の時代
さかのぼると、80年代、ヒットを出した監督がプロデューサー業に乗り出す、という事態が相次いだ。当時活躍していたのは、コッポラ、ルーカス、スピルバーグなど若い個性派監督で、彼らは、30代で「ゴッドファーザー」「スターウオーズ」「ジョーズ」などのヒットを飛ばし、稼ぎに稼いだ。そして40代になると、自らの資金を元にプロデューサー業にも乗り出し、若い監督の製作総指揮を務め始めた。
そもそも、映画創世記である10年代には、製作や俳優などの機能は未分化で、役割分担の意識は薄かった。例えば、古典名作「国民の創生」をつくったD・W・グリフィスは、俳優、脚本家を経て、監督になった。主演俳優が脚本を書き、監督もするなども日常的な事だった。
その後、20~50年代、映画はビックビジネスに成長した。5大スタジオといわれた、フォックス、パラマウント、ワーナーなどが映画界を支配した。スタジオは、業界秩序を厳格に形成した。自らの権益を確保するために。プロデューサー、監督、俳優といった職種は、明確に分化され、相互の行き来はなくなった。トップの座にいたのが、タイクーンと呼ばれた大物プロデューサーで、強い権限を持ち、自ら企画を立て、監督、俳優を雇った。俳優たちは、スターシステムという専属契約で縛られ、仕事を自由に選ぶことができなくなった。初めてスターシステムを抜け出した俳優は、「北北西に進路を取れ」の名優ケイリー・グラントで、制作会社を設立し配給も手掛けた。50年代のことだ。
これら三つの時代の変遷を図解すると、下のようになる。混沌→秩序→混沌、というサイクルをなしている。80年代の混沌がさらに発展し、2010年代、製作兼業は俳優にまで広がった。
映画とITの成功者が、投資する理由
名の売れた俳優が、製作や監督に乗り出すのには、いろんな理由がある。映画制作そのものが好きだったり、映画ビジネスに幅広くかかわりたい、など。
僕が、最大の理由だと思うのは、「若い世代=新しい才能」との出会いだ。俳優にとって、名が売れお金が貯まるのは40、50代。大抵その年代では、自分の役柄やスタイルは固まってしまっている。しかし、ヒットする映画を企画するには、新しい時代に沿っていなければならない。それには、「自分が築いたスタイルの殻をぶち破り、新しい感性や技術を取り入れ、掛け合わせる」必要がある。それゆえ俳優は、本来、自分の出演作へつぎ込むべきエネルギーや資金を、貪欲に、若い世代に投資するのだ。
IT業界でも、似たような現象がある。事業を起こし成長させた起業家は、ある段階に来ると、新しい世代との接点を増やす。それまでは、周囲に気を向けず、自らの築城に集中していたのと打って変わってだ。例えば今年、フェイスブックが若いワッツアップ社を買収したように。
ITや映画という、流行りすたりの激しい環境では、常に新しいことを取り入れ、変化を遂げないと、生き延びていけない。領域拡大のため、生まれたてのベンチャーに巨額を投資する。自ら、巨体を軋ませ産み出すより、手っ取り早く、若い遺伝子に乗っかる。自らリスクを背負った彼らの緊張感も刺激とする。これこそ、ビジネスのエコシステム(事業の生態系)と呼ぶべきものだろう。
自分らしく、映画投資を始めてみた
僕も、この半年、30人ほどの若い起業家に取材し、起業分野の拡張を知った。3Dプリンター、ロボトニクス、AI&AR、CtoBtoCなど。世の金余りを背景に、投資家筋も充実している。
僕は、僕らしいことをやろうと、IT事業ではなく映画に投資してみることにした。若い制作チームや海外作品に投資することで、自分のスタイルも進化させるのだ。映画は、ベンチャー投資同様にギャンブルなので、分散投資も欠かせない。今年、僕の投資する映画が数本公開されることになる。自分で作る映画はさておき、どこまでヒットしてくれるか、今から楽しみだ。