津谷祐司 公式サイト

クリエイティブ起業のすすめ


シリコンバレーで学ぶ③ ボルテージUSA、悪戦苦闘の4年

2016/05/20


◆ローンチ間際に、開発リーダーが突然、逃げた

 それでも、先のアプリがようやくサブミット(プラットフォームへの申請)にこぎつけたのだが、またしてもバグが見つかり、このタイミングで開発リーダーは「完全に修正し終えてから、もう一度サブミットしたい」と言い出した。それを行うとさらに1カ月は必要で、次に控えるF2Pアプリ(以下F)のローンチが確実に遅れてしまう。これには日本から来た新任のプロデューサーも蒼白となった。僕は、「このアプリの修正は据え置きして、Fを進めよう」と全スタッフに向けて発表した。つまり損切だ。さまざまな予測を分析したうえの思い切った決断だった。
 

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 その翌週の月曜日、出社すると社内が騒然としていた。僕の方針に納得いかなかった例の開発リーダーが、オフィスのキーカードだけを残して突然辞めてしまったのだ。しかし、スタッフたちは意外に冷静というか、むしろ晴れ晴れしていた。聞けば、その開発リーダーはかなりの偏屈者で、皆、彼とのコミュニケーションに苦労していたらしい。確かに、僕が何度言ってもスケジュールを作らなかったし、その理由を尋ねると「それをすると作業が1日遅れるから」とおかしなことを言う。リーダーとして自信がなかったのかもしれない。
 
 早速、残ったリーダーたちを集め、当面のスケジュールを相談。システムのリーダーとして2番手エンジニアを任命し、Fの開発に取りかかってもらった。スタッフたちからさらに詳しく話を聞いてわかったのは、突如辞めた開発リーダーは、極端な完璧主義者で、ローンチの期日を守るより、プログラムの完成度を厳守するタイプだったということ。部下が生じさせたバグを部分修正するのではなく、自分で一から作り直すつもりで1カ月必要と言っていたのだ。こうした完璧主義は、コンソールゲームの文化だ。製品がCD-ROMだから、世に出したら最後、修正ができない。だから、発売前に何度もテストを繰り返し、完璧にしてから出す。しかし、我々アプリ系は、ローンチ後の修正は当たり前の文化。70点の仕上がりでも、とりあえず世に出してしまうほうが得なのだ。
 
 結果として、スクラッチに挑戦したアプリは不十分なままのローンチとなったが、これ以外にローンチした翻訳系アプリ8本には、熱心なファンが付き始めた。3年目の結果としては、利益こそ出せなかったが売上水準は向上した。また、Fエンジンの開発の半分が完了した。しかしながら、30代のリーダーはまだまだ育っていない。4年目は、彼らの教育からやり直さなければならないと考えた。
 


◆進行管理とコスト管理のやり方をコーチング

 30代のリーダーたちがもたついていたのは、僕の見たところ、進行管理スキルの不足が原因だ。さまざまなことを任せっぱなしにしたのが間違いだった。
 

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 そこで僕自身が陣頭指揮を執り、彼らに直接「スケジュール管理」「コスト管理」「更新管理」のコーチングを実施することにした。いい加減だった各種フォーマットを整備し、毎週の会議で細かくチェックする。拙い僕の英語ではあったが、遠慮なしにビシビシ指導した。
 
 プロジェクトの開始前にスケジュールをしっかり作る。制作・開発を着手した後は、毎週、チーム全体が集まり、スケジュールを確認し修正を行う。問題があれば、原因を話し合い、対策を講じる。こういう進行管理の基本から教えていった。さらに、社内人件費や外注のコストの管理も教えた。
 
 完成された組織で働いていると、ルールに沿って作業するだけで進行管理ができてしまう。しかし、そのルール作りから始めようとすると、そうはいかない。スケジュール作りやチェック会の勘所がどこにがあるのか、なぜそうするのかを意識的に理解していないと無理だ。組織やプロジェクトをゼロから立ち上げたリーダー経験がないと、難しいだろう。僕は、広告会社でも映画留学でも、リーダーの役割や仕事、その要点をしっかり学んできたつもりだ。
 
 東京本社の恵比寿スタジオは、ボルテージの紹介本でも詳しく書かれているが、詳細なマニュアルとフォーマットが整備され、それに沿うことで、定型の業務が誰でもしっかりこなせるようになっている。これは数年がかりで整備した強固な仕組みだ。ここ、シリコンバレーで同じような仕組みを作るには、もう少し時間がかかりそうだ。
 

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